亀というと、
水辺の生き物を想像しますよね。
池
川
沼
のんびり泳いでいる。
でも、
モリイシガメを調べていて、
「この亀、ちょっとおもろいなー」
と思いました。
かなり陸を歩くんです。
森の中
落ち葉の上
湿った山道
「亀=水辺」
というイメージから、
少し外れている。
水の生き物なのに、森を歩く
もちろん、
完全な陸ガメではありません。
水にも入る。
でも、
かなり陸上生活に適応している。
つまり、
水辺だけに閉じこもらなかった亀です。
これ、
かなり面白い進化ですよね。
本来の場所から、はみだした。
そして、
その形で生き残ってきた。
「本来ここにいるべき」が苦しい時代
今って
「あなたはこれです」
を決めたがる空気がありますよね。
文系か理系か
正社員かフリーランスか
勝ち組か負け組か
陽キャか陰キャか
居場所を固定したがる。
でも、
モリイシガメを見ていると、
生き物って、
もっと曖昧だなーって思います。
水にもいる。
森にもいる。
完全にどちらでもない。
でも、ちゃんと生きている。
境界にいる生き物は、時々強い
ぼくは、
「どちらか一つ」
だけの生き方って、
いやだなーと思っています。
会社だけ
SNSだけ
学校だけ
一つに依存すると、
そこが崩れた時、かなり苦しくなる。
でも、
複数の場所を持つ人は、
強い。
少し逃げ道がある。
少し視野が広がる。
少し選択肢がある。
モリイシガメって、
そういう境界の強さを感じる亀なんですよね。
中途半端は、弱さではない
これも思うんです。
人って、
「どっちつかず」を嫌いますよね。
でも、
自然界を見ると、
中間に適応した生き物って、
案外しぶとい。
全部を極めなくてもいい。
少し水
少し陸
その曖昧さで、ちゃんと生き残る。
ぼくは、
そこにかなり人間っぽさ、かめっぽさを感じます。
森を歩く亀
想像すると、
ちょっと不思議です。
落ち葉の森を、
ゆっくり歩く亀。
なんだか、
「本来の場所」
から少しはみだしながら、
それでも自分のペースで進んでいる感じがする。
現代人って、
「正しいレール」
を探しすぎなんじゃない?
生き物を見ていると、
案外、
少しズレた場所のほうが、
生きやすかったりする。
最後に
モリイシガメは、
森を歩く亀です。
水辺だけではなく、
陸にも適応した。
完全にどちらかではない。
でも、
その形で、
ちゃんと生き残ってきた。
生き物を見ていると、
「居場所」
というのは、
一つに決めなくてもいいのかもしれない、
と思わされます。
少し水辺。
少し森。
ぼくは
substackで少し「亀の生態」
noteで少し「小学校教師の視点で人間観察」
の記事を書いています。
そういう曖昧さも、
生きる強さなんじゃないかしら。







私の書いている記事もどっちつかずです笑