ヒジリガメという亀がいます。
東南アジアの、低い湿地や池、
水のあふれる草地に暮らす、
大きな淡水ガメです。
小さな亀ではありません。
甲羅の長さは、
50センチ近くになります。
黒く、どっしりとした甲羅。
頭には、
黄色い模様があります。
初めて見ると、堂々とした亀だと思います。
この亀には、
少し変わった名前があります。
ヒジリガメ。
「聖なる亀」という意味です。
なぜ、
そんな名前がついたのでしょう。
昔から、
タイなどでは、
寺院の池で大切に守られてきたからです。
人々は、
幸せを願い、
長生きを願い、
この亀を寺へ放しました。
人の信仰とともに、
生きてきた亀だったのです。
でも、皮肉なことが起こります。
守られてきたはずの亀が、
今では、
絶滅寸前になっています。
湿地は減りました。
池は埋め立てられました。
食用や取引のために、
多くの個体が捕られました。
今では、
野生で見つけることさえ、
難しい地域があります。
静かに生きてきた亀ほど、
静かに姿を消していく。
そんな現実があります。
それでも、
ヒジリガメは
騒ぎません。
争いません。
植物を食べながら、
水辺で静かに暮らします。
乾いた季節には、
泥の中に身をひそめ、
季節をやり過ごすこともあります。
無理に戦わない。
無理に目立たない。
環境に合わせながら、
長い時間を生きてきました。
目立つ人は、すぐに見つかります。
大きな声の人は、すぐに注目されます。
でも、
静かな人は、
見過ごされることがあります。
文句も言わず、
毎日を支えている人。
誰かのために働いている人。
気づかれないまま、
役割を果たしている人。
そんな人ほど、
本当は大切な存在なのかもしれません。
ヒジリガメは、
人に守られてきた亀でした。
けれど、
守られていると思っていたものが、
いつの間にか失われていました。
これは、亀だけの話ではありません。
家族も
友達も
健康も
毎日の暮らしも
当たり前だと思った瞬間から、
少しずつ失われていくことがあります。
だからこそ、
大切なものは、
なくなる前に大切にしたい。
静かな人は、
目立たないから価値が低いのではありません。
静かだからこそ、
長い時間、
誰かを支えていることがあります。
ヒジリガメは、
そんなことを教えてくれる亀なのかもしれません。








