ある日
学校のトイレを見に行くと、
個室の鍵が閉まっていました。
でも、
中を確認しても、
誰もいない。
空っぽでした。
おそらく誰かが、
鍵を閉めたあと、
上の空間から飛び越えて出たのでしょう。
つまり、
いたずらです。
「これくらい」は、本当に小さいことなのか
こういう話をすると、
「子どものちょっとしたいたずらですよね」
と思う人もいるかもしれません。
でも、
ぼくは、
こういう行動を、
そこまで軽く見ていません。
重く見ています。内心はムカついています。
もちろん、
誰かを直接傷つけたわけではない。
大事件でもない。
でも、
学校って、
こういう小さな行動の積み重ねで、
空気が作られていく場所なんですよね。
人は、「見られていない場所」で試される
ぼくは時々、
人間性というのは、
「見られていない時」
に出ると思っています。
誰もいない時
バレない時
注意されない時
監視がない時
そういう場所で、
人は、
わりと本音で動く。
だから、
この鍵のいたずらも、
単なる遊びに見えながら、
実は、
「見えない場所での振る舞い」
が出ている気がするんです。
子どもは、「ノリ」と「空気」で動く
これもあります。
子どもって、
悪意100%で動いているわけではない。
むしろ、
面白そう
バレなさそう
みんなが笑う
ノリ
そちらが大きいこともある。
でも、
だからこそ難しい。
悪気が薄いまま、
ルールを壊したり、
危ないことをしたりする。
そして、
周りも空気で笑ってしまう。
学校って、
そういうことが、
かなり起こります。
こういう空気は危険だと思っています。
毅然とした指導が必要です。
教師は、「小さな乱れ」を見ている
ぼくは、
教師という仕事は、
大きな問題だけを見る仕事ではないと思っています。
むしろ、
小さな違和感を見続ける仕事です。
靴が乱れている
ゴミが増える
言葉が荒くなる
机の扱いが雑になる
教室の鍵が開けっ放しになっている
そういう、小さな乱れ。
それを、
「まあいいか」
だけで流し続けると、
空気が少しずつ崩れていく。
だから、
ぼくは、
こういうことも、
ちゃんと見ていたいと思っています。
いたずらの奥にあるもの
もちろん、
子どもなので、
いたずらはします。
ぼく自身、
全部を厳しく押さえつけたいわけではありません。
でも、
「なぜそうしたのか」
は考えたい。
面白かったのか
誰かと盛り上がりたかったのか
退屈だったのか
空気に乗ったのか
行動には、
案外、
その子の状態や、
空気が出る。
だから教師は、
ただ叱るだけではなく、
その背景まで見ようとするのだと思います。
最後に
誰もいないのに、
鍵だけ閉まっていた。
それだけの出来事です。
でも、
学校で働いていると、
そういう小さなことに、
人間っぽさが滲む瞬間があります。
見られていない時に、
どう振る舞うのか。
空気に流されるのか。
「これくらいならいいか」
をどう扱うのか。
教室や学校という場所は、
そういうものが、
静かに積み重なってできているのだと思います。





鍵わざと閉めてたの絶対ダメですね。
以前、私が幼稚園教諭の頃、ある男の子が別の子に手招きされて廊下に出てるのを見て、こっそり見てたら、廊下に落ちてた食べ物のカスのような何かを踏むような誘導をしていて、奥で他の男の子が笑っていたのを見ました。みんなまとめてかなり怒りました。
となりのクラスの子もいたので担任二人で怒ったのを覚えてます。
小さな変化を見つける仕事、ほんと大変ですね、お疲れ様です!そして子どもたちのためにありがとうございます!