大阪の公衆トイレに、滞在時間を外に表示するパネル。
個室の中には広告画面。
長く入っていると、外から「あの人長いな」とわかる仕組みです。
合理的ではあります。
でも、なんとも言えない気持ち悪さが残ります。
この違和感、ちゃんと分解してみます。
気持ち悪さ①:「晒されている感じ」
トイレの利用時間が外に出る。
これ、地味にストレスですよね。
では、なぜ嫌なのか。
なぜ①
自分の行動が他人に可視化されるからです。
なぜ②
可視化されると「評価される前提」になるからです。
なぜ③
評価される状態は、人間にとって無意識の圧になるからです。
つまりこれは、
「匿名でいられるはずの空間が壊れている」という問題です。
気持ち悪さ②:「逃げ場がない感じ」
個室の中に広告画面。
用を足している最中にも情報が流れてくる。
では、なぜ嫌なのか。
なぜ①
物理的に視界から逃げにくいからです。
なぜ②
強制的に注意を奪われるからです。
なぜ③
「自分で選んでいない情報」に晒され続けると疲れるからです。
これはつまり、
「最後の無防備な空間が広告に侵食されている」という問題です。
気持ち悪さ③:「人として扱われていない感じ」
長居を防ぐための仕組み。効率化の文脈では正しいです。
でも違和感が残る。
なぜか。
なぜ①
人を「回転率」で扱っているからです。
なぜ②
個別事情(体調など)が無視されるからです。
なぜ③
システム側の都合が優先されているからです。
これはつまり、
「人間が最適化対象にされている」という問題です。
では、これは何の問題か
まとめます。
今回の違和感の正体は、ひとことで言うとこれです。
「効率化が、人間の尊厳を上書きしている」
です。
なぜこうなるのか
ここ、かなり重要です。
こういう設計は、悪意で作られていません。
むしろ逆です。
・回転率を上げたい
・混雑を解消したい
・収益を上げたい
全部、正しい目的です。
でも、その積み重ねで
「人間にとって気持ちいいか?」が抜け落ちる。
結果として、こういうズレが生まれます。
自分ならどう設計するか
ここまで考えないと、ただの批判で終わります。
ぼくならこうします。
・外への表示はやめる(本人にだけ通知)
・広告は完全オプトインにする
・長時間利用はやんわりリマインドする
つまり、
「尊厳を守りながら効率化する」設計です。
まとめ
今回の話、トイレの話に見えますよね。
でも本質は違います。
これからの社会で、
どこまで効率を優先するのか。
どこから人間性を守るのか。
その境界線の話です。
こういう違和感をスルーしないこと。
ここが、これからの時代ではけっこう大事です。
「あいつ、20分も入ってる。うんこか!!」
「こういう違和感を言語化していきます」
「気になる人は登録どうぞ」



