前回は・・・
ある小学校の支援学級で児童支援員をしていた時の話でした。
その後、ある3月末の日。
勤務を終えて、とぼとぼ電車に乗って帰っているときに起きました。
乗り換えをするためにホームを歩いていると、
携帯電話に着信が。
見慣れない番号だけど、出てみると、
なんとある市の教育委員会からだった。
「四月から中学校で常勤講師をしてくれませんか?」
「え、はい、お願いします!」
やりました!常勤講師やから1年間仕事がある!
次の日、小学校に行き、支援学級の先生に「来年、◯◯中学校に決まりました!」
と報告すると、
「◯◯中学校?そこかなりしんどい学校じゃないかなー?かめさん、大変かもよ」
と言われました。
その時は講師の口が決まったことに浮かれていて話半分で聞いていて大変という言葉の意味をよくわかっていなかったが、四月にその言葉の意味が大いにわかることになるのだ。
講師の口が決まったこともうれしかったが、
数日後に今働いている市の教育委員会からも「四月から児童支援員で働いてくれないか!?」と声をかけてくれたことだ。
ほんとうれしかった。真面目に働けば見てくれている人がいるんだと感じた瞬間だった。
この2つの講師の誘いの順番が違っていたら、これからの人生に大きな違いをもたらしただろうと今振り返ってみると思う。
最後の日、支援学級でお別れ会をしてくれた。
お別れ会という支援学級のメンバーで楽しく歌を歌ったり、踊ったり、遊んだりのレクをしてくれた。
そして最後にぼくと、もう一人の先生がお別れになるのであいさつをすることになった。
その時にぼくの担当していたけんちゃんが
「かめ先生とお別れいやだー」
と大号泣。
自分もまさかこんなことを予想していなかったのでびっくりしまくってしまい、オドオドしてしまったのですが、
自分のやってたことが間違いではなかったんだ、
一生懸命子どもたちと遊び生活した結果だと思いました。
けんちゃん、ありがとう!
こういう感動の小学校、児童支援員の生活、そして、4月1日からは中学校での生活が始まる。
この中学校での生活が地獄となることを自分はしるよしもなかった。
つづく。。。







小学校と中学校の学校事務をしていたことがあり・・・
かめ先生の記事は、当時を思い出しほっこりさせてくれます・・・・