群馬県高崎市が、市内の小学校58校全部で開門時間朝7時に早めました。
共働き家庭の「小1の壁」対策だという。親が7時に出勤するなら、子どもを学校に行かせたい。その気持ちはわかる。
それでも現場の教職員にアンケートを取ったら、99%が反対しました。
1236人が「再検討すべき」と答えた。「このまま実施すべき」はたったの11人。
でも始まった。
市の説明はこうだ。「校務員が門だけ。教員は7時に来なくていいです。」
きれいな言葉だと思いました。
ありえない。
ぼくは知っている。「来なくていい」という言葉が、現場でどう機能するのか。
児童が朝7時に校内にいる。転んで怪我をすることはできないかもしれない。喧嘩することはできないかもしれない。泣くことはできない。トラブルがないわけがない。
そのとき、「僕は8時15分出勤だから知らない」と言い切れる教員が、この国に何人いるだろう。
ぼくならできない。
早く行かなければ、という感覚。 誰かに言われたわけじゃない。でも体が動く。空気がそうさせる。
それを「自主的な出勤」と呼んで、誰も残業とは言いません。
ぼくには子どもが3人いる。
朝7時、僕が学校に行ったら、僕の子どもは誰が見る?
教師も親だ。当たり前のことが、忘れられている。
「なんでも教師にやらせればいい」という空気が、この国の学校にはある。 給食指導、登下校の見守り、保護者対応、いじめの調査、欠席連絡の受付。
誰が決めたんだろう。
「制度設計がない」と組合はありました。
ニーズ調査も、現場との議論も、人員配置も、何もないままが始まると。
市教委の規定は「預かり事業ではなく、開門事業だから制度設計は不要」だった。
門だけ、だから。
でも子どもは、門の向こうに命を持って入ってくる。
善意だと思います。本当に困っている親がいます。朝の30分、40分は大きいです。
それでも善意は、現場を守る制度の代わりにはなりません。
善意で早く来た先生が、善意で疲れて、善意で倒れていく。
ぼくはこれを、他人の事と思えません。
全国の先生に聞きたい。
あなたの学校でも、「来なくていい」と言われながら、来てしまっていることはないか。
ぼくはその制度、反対です。
不思議に気づくことが、逃げ道(新たな選択)の入口だと思います。
今日も仕事にいけそうです^^



