とある運動会での出来事です。
今日は、運動会の話をもう一つ書こうと思います。
ボクは学校で長欠・不登校担当という役割をしています。
学校に行きにくい子をサポートする。
学校に来られるように関わる。
また、学校に来られない場合でも、その子が別の場所で社会とのつながりを持てるように見守っていく。
そんな仕事です。
僕自身は、学校だけがすべてだとは思っていません。
学校は、子どもにとって大切な場所です。
でも、絶対にそこへ来なければならない場所、とまでは思っていません。
学校外の教室に通っている。
家で落ち着いて過ごしている。
誰かと関わる場所がある。
そういう形も、その子にとって大事な社会生活だと思っています。
だから僕は、
「学校に来たら成功」
「来られなかったら失敗」
という見方はしたくありません。
でも、
それでも、
ある子が、自分から「学校に行ってみようかな」と思ったとき。
その一歩は、とても大きい。
今日は、そんな一人の子の話です。
その子は、1年以上、学校には来られていませんでした。
別の場所には通えていました。
でも、学校にはなかなか足が向かない。
教室に入る。
友達に会う。
みんなと同じ場所にいる。
それは、その子にとって、とても高いハードルでした。
そんな中、運動会が近づいてきました。
その子の担任の先生は、とても熱心に関わっていました。
運動会のダンスの練習動画を撮って、その子に送っていました。
学校に来られなくても、家で見られるように。
少しでも、つながりが切れないように。
その子は、ダンスが好きでした。
そして、お家でも動画を見ながら、少しずつ練習するようになったそうです。
やがて、
「学校に行って、少し練習してみたい」
という気持ちが出てきました。
これだけでも、ものすごいことです。
運動会の一週間ほど前。
その子は、久しぶりに学校へ来ました。
もちろん、いきなり教室に入ることはできません。
だから、まずは別室で過ごしました。
学校の中にある、少し落ち着いて過ごせる場所です。
ボクは、その子に何度も言いました。
「学校に来ただけで、もう100点満点やで」
本当にそう思っていました。
その子にとっては、玄関をくぐるだけでも大きな挑戦です。
靴箱まで来る。
上靴に履き替える。
別室まで歩く。
大人から見れば、何気ない動きかもしれません。
でも、その子にとっては、一つひとつが階段でした。
別室では、勉強ばかりをするわけではありません。
その子の好きな遊びをしたり、落ち着いて話したり、動画を見たりして過ごしました。
まずは、「学校に来ても大丈夫だった」
という経験を積むこと。
そこが大事だと思っていました。
最初は、別室で動画を見ながら練習するところから始まりました。
担任の先生が撮ってくれたダンスの動画を見る。
少しだけ真似してみる。
運動場や体育館で練習している様子を、別室から見てみる。
それだけでも十分でした。
でも、少しずつ、その子の中に変化が出てきました。
「近くまで行ってみようかな」
そんな気持ちが出てきたのです。
ある日、体育館で練習がありました。
最初は別室で、映像を見ていました。
でも、音がうまく聞こえない。
そこで僕は、軽く声をかけました。
「ちょっと体育館の近くまで行ってみる?」
無理なら戻ればいい。
行けなければ、それでいい。
そう思っていました。
すると、その子は、
「うん」と言いました。
体育館の近くまで行くことができました。
そして、少しだけ中をのぞきました。
もちろん、本人はとても緊張していました。
近づきすぎるのは怖い。
見つかるのも怖い。
だから、少しだけ。
本当に少しだけ見て、また別室へ戻りました。
でも、そのあとお家で、その子は話したそうです。
「体育館の近くまで行けた」
それが、自信になっていたようでした。
これも、ものすごい一歩です。
僕はその日、
「今日は200点満点やな」と伝えました。
運動会の前日。
その子は、また学校へ来ました。
この日も、まずは別室です。
運動場では、みんなが練習していました。
その子は、窓から様子を見ました。
でも、心の中では大きな葛藤が始まっていました。
行きたい。
でも、行きたくない。
参加してみたい。
でも、怖い。
その気持ちが、何度も行ったり来たりしていました。
僕は、「無理しなくていいよ」
と言いました。
「ここまで来ただけでも十分やで」
「昨日より進んでるで」
そう伝えました。
でも、その子は、少しずつ運動場の近くまで行きました。
階段を降りる。
廊下を歩く。
人目につきにくい場所を通る。
運動場の端まで行く。
そして、影から練習を見ました。
その場所で、少しだけ一緒に踊りました。
もう、それだけで十分だと思いました。
ところが、その子が言いました。
「入場だけでもやってみようかな」
ボクは驚きました。
ここまでで十分だと思っていたからです。
無理しなくていい。
お茶を飲んで戻ってもいい。
そう伝えました。
でもその子は、
「運動会の時には参加したいから、ちょっとでもやっておいた方がいいと思う」
と言いました。
すごいなと思いました。
怖い
でも、やっておきたい
嫌だ
でも、参加したい
その二つの気持ちを抱えながら、自分で選ぼうとしていました。
僕は先に入場の場所を確認しました。
その子がどこに入るのか。
どこに立てばいいのか。
どのあたりまで来ればいいのか。
そして周りの子にも伝えました。
「いつも通りにしてあげて」
「たくさん声をかけなくていいよ」
「普通にしておいてあげて」
その子は、みんなに注目されるのが苦手でした。
だから、周りの子たちにも、そっと支えてもらう必要がありました。
子どもたちは、「うん、わかった」
と言ってくれました。
そして、その子は少しずつ近づいていきました。
運動場の端から。
少しずつ。
少しずつ。
最後には、自分の並ぶ位置まで行くことができました。
入場の動きも確認できました。
終わったあとは、僕と一緒に全力で元の場所まで戻りました。
息を切らしながら、
「ああ、疲れた」と言っていました。
でも、そのあと、その子が言ったんです。
「こんなに疲れるんだったら、そのままダンスしたかった」
僕はまた驚きました。
え。
ダンスしたかったん。
そこまで気持ちが進んでいたのか。
そう思いました。
そして、運動会当日。
正直、ボクは来られなくても当然だと思っていました。
前日まで、本当にたくさん頑張っていたからです。
疲れていてもおかしくない。
怖くなってもおかしくない。
来られなくても、十分すぎるほど頑張っていました。
でもその子は、来ました。
いつもの時間に、学校へ来ました。
まず別室で過ごしました。
好きなことをして、少し落ち着く。
そして、今日の流れを確認しました。
どこから見るのか。
どのタイミングで移動するのか。
いつ運動場へ向かうのか。
そういう予定を、一つひとつ確認しました。
やっぱり、予定が見えることは大切です。
見通しがあると、子どもは少し安心できます。
その後、別室から別の教室へ移動し、窓から運動会の様子を見ました。
開会式も見ました。
ラジオ体操も、教室の中で一緒にしました。
その教室には、子どもたちの寄せ書きがありました。
「今日は運動会をがんばる」
「ダンスを一生懸命踊る」
そんな言葉が並んでいました。
その子にも、「書いてみる?」
と聞きました。
少し迷いながら、黒板に文字を書こうとしました。
書いては消す。
また考える。
そんな姿がありました。
その子なりに、この日に参加しようとしていました。
自分の出番が近づいてくると、緊張は一気に強くなりました。
教室の中を行ったり来たりする。
「嫌やな」
「家でゲームしておけばよかった」
「寝てたらよかった」
そんな言葉も出てきました。
葛藤していました。
ものすごく葛藤していました。
僕は言いました。
「そりゃそうやで」
「みんなも今日は、たくさんの人が見に来てるから緊張してると思うで」
「今の気持ちは、みんなも少しは同じやと思う」
無理に励ましすぎない。
不安を消そうとしすぎない。
ただ、その気持ちが自然なものだと伝える。
それくらいしかできませんでした。
そして、いよいよ移動の時間になりました。
「行くか」
そう声をかけると、その子はかなり迷いながらも、足を運動場へ向けました。
僕が前を歩く。
その子が後ろからついてくる。
本当に嫌なら、途中で止まるだろう。
そう思っていました。
でも、ついてきました。
人目につきにくい道を通って、運動場の端まで行きました。
そこで、入場門に集まる子どもたちを見ました。
その子は、ものすごく緊張していました。
でも、自分の場所を確認し始めました。
バンダナも、みんなと同じように巻き直しました。
準備をし始めたのです。
そして、少しずつ入場門へ近づいていきました。
一歩。
また一歩。
そしてついに、自分の並ぶ位置に入ることができました。
音楽が鳴りました。
入場が始まりました。
その子は、みんなと一緒に歩き出しました。
ボクは、もうついていきませんでした。
そこから先は、その子自身の時間でした。
ダンスが始まりました。
その子は踊っていました。
大勢の保護者が見ている中で。
たくさんの子どもたちがいる中で。
運動場の真ん中で。
踊っていました。
途中、隊形移動で迷う場面もありました。
どこへ行けばいいかわからなくなる。
友達が、「こっちこっち」
と呼んでくれる場面もありました。
それでも難しい時は、ボクや他の先生が近くで少し支えました。
正直、ボクもここまで参加できるとは思っていませんでした。
だから、隊形移動の場所まで完全には覚えきれていませんでした。
そこは反省です。
でも、その場でできる限り支えました。
途中、バンダナがずれて、前が見えにくくなりそうな場面もありました。
ボクは急いで近くまで行って、そっと直しました。
そして、また離れて見守りました。
最後まで。
その子は、最後まで踊り切りました。
退場までできました。
本当に、最後までやり切ったのです。
終わったあと、その子はすぐにその場を離れたい様子でした。
写真撮影も、「いらない」
と言って、僕と一緒に運動場の端へ戻りました。
そして別室へ戻りました。
僕は、その子に言いました。
「今日は、二億点満点やな」
本当にそう思いました。
ここまで来た。
運動場まで行った。
入場できた。
踊れた。
最後までやり切った。
その全部が、信じられないくらい大きなことでした。
「こんだけ嫌な気持ちになって」
「行きたい気持ちと行きたくない気持ちが戦って」
「それでも、あなたは自分で運動場まで行った」
「そして参加した」
「これは本当にすごいことやで」
そんな話をしました。
そして迎えに来たお家の方にも、その日のことを伝えました。
「今日は、好きなゲームをたくさんさせてあげてください」
そう言って帰しました。
その後、あるベテランの先生が声をかけてくれました。
「先生、すごかったですね」
「参加できて、本当に感動しました」
「泣きそうになりました」
そんなふうに言ってくれました。
バンダナがずれた時に、ボクが直しに行ったことも見てくれていたようです。
担任の先生からも、感謝の言葉をいただきました。
でも正直、ボクの中では、
「頑張ったのは、その子です」という気持ちが強かったです。
ボクは、少し横を歩いただけです。
声をかけただけです。
場所を確認しただけです。
でも、その一歩を選んだのは、その子でした。
逃げてもよかった。
戻ってもよかった。
見ているだけでもよかった。
それでも、その子は自分で足を前に出しました。
それが、何よりすごかった。
結果的に、その日、他にも学校に来にくい子たちが運動会に関わることができました。
競技には出られなかった子もいました。
でも、見学することができた。
いつも遅れて来る子が、朝から登校できた。
最後の写真撮影に参加できた子もいました。
それぞれの形で、その日の運動会に参加していました。
運動会という行事は、時に子どもにとって大きな負担になります。
練習もある。
人前に出る。
みんなと同じ動きをする。
見られる。
比べられる。
しんどい子にとっては、とても高いハードルです。
でも一方で、運動会があるからこそ、動き出せる子もいます。
ダンスが好き。
少しだけ出てみたい。
友達の近くに行ってみたい。
本番を見てみたい。
そういう気持ちが、子どもの中に生まれることがあります。
だから運動会は、ただの体育行事ではないのだと思います。
ある子にとっては、自分の世界を少し広げるきっかけになる。
ある子にとっては、学校ともう一度つながるきっかけになる。
ある子にとっては、「自分にもできた」と思える日になる。
その日、ボクはそれを見ました。
運動場の真ん中で。
不安と葛藤を抱えながら。
それでも踊っている一人の子の姿を見ました。
あの姿は、たぶん僕は忘れないと思います。
運動会は、勝ち負けだけではありません。
上手に踊れたかどうかだけでもありません。
その子が、そこに立てたこと。
自分で一歩を選べたこと。
それだけで、もう十分すごい。
そんなことを、改めて感じた運動会でした。















