教室にいると、よく思います。
子どもは、
正しいことを知らないわけではありません。
むしろ、知っています。
「それはダメでしょ」
「今のはよくないよね」
そういう判断は、ちゃんとできる。
でも、それでも動かない。
なぜか。
空気を見ているからです。
正しさより、場の安定
たとえば、誰かがルールを破ったとき。
明らかに良くないことをしている。
でも、周りの子は何も言わない。
なぜか。
言えば正しいことはわかっている。
でも、
空気が悪くなる
嫌われるかもしれない
面倒なことになる そういうことを、先に考える。
そして結果として、
「何も言わない」
子どもは、かなり現実的
これ、大人から見ると、
「なんで注意しないの?」
と思いますよね。
でも子どもからすると、
かなり合理的な判断です。
正しさを通すことで、
自分が不利になるなら、
やらない。
これは弱さではなく、
「環境への適応」です。
教室は、小さな社会
教室って、
本当に社会の縮図です。
力関係がある
空気がある
暗黙のルールがある
その中で子どもたちは、
どう動くかを常に考えている。
だから、
「正しいかどうか」だけでなく、
「今それをやるべきか」
を見ている。
正しさだけでは、人は動かない
これは大人も同じです。
会議でおかしいと思っても言わない
上司のミスを指摘しない
空気を読んで流す
人は、正しさよりも、
「関係」と「空気」を優先する。
では、どうすればいいのか
ここが難しいところです。
正しさを押し付けても、
人は動きません。
むしろ必要なのは、
「正しいことを言っても大丈夫な空気」
です。
言っても嫌われない
指摘しても責められない
意見を出しても安全
こういう空気があると、
子どもはちゃんと動きます。
空気は、作られている
ここが一番大事です。
空気というのは、
自然にできているようで、
実は誰かが作っています。
先生の態度
日々の関わり
小さなやり取り
それが積み重なって、
「言っていい空気」になるか、
「黙るしかない空気」になるかが決まる。
子どもは、ちゃんと見ている
子どもは、
正しさを知らないわけではありません。
ただ、
「今それを出していいのか」
を見ている。
そして、
出さないという選択をしている。
最後に
子どもは、
正しさより空気を見る。
でもそれは、
間違っているからではなく、
ちゃんと周りを見ているからです。
そして、
その空気を作っているのは、
大人の側なのかもしれません。




