今日は、自分の授業を振り返って、正直かなり反省しています。
月曜日だったこともあり、子どもたちは少し落ち着かない様子でした。
でも、それだけではありません。
自分の授業の進め方。
発問の仕方。
作業のさせ方。
そこに、まだまだ課題があったなと思いました。
僕は社会の授業で、かなりタブレットを使っています。
資料を配る。
画像を見る。
気づいたことを書き込む。
意見を入力する。
そういう活動を、タブレット中心で進めることが多いです。
これは、かなり便利です。
教科書のどこを見ればいいのか探さなくてもいい。
資料を開けば、すぐに全員が同じ画像を見ることができる。
気づいたことを、その場で書き込むこともできる。
ノートを書くのが苦手な子にとっても、タイピングや手書き入力ができるので、助けになる部分があります。
特に、支援を要する子どもたちにとっては、タブレットがあることで参加しやすくなる場面もあります。
でも、いいことばかりではありません。
タブレットを開くと、子どもはいろいろ触れます。
必要のないところを触る。
関係のないことを書き込む。
タイピングで遊ぶ。
先生の目を盗んで、違う画面を見ようとする。
充電がなくなって使えない子もいる。
すると、隣の子に見せてもらうことになる。
それもできなければ、前のテレビ画面を見るしかない。
でも、そうなると手元で操作できないので、だんだん暇になる。
暇になると、また別のことを始める。
今日の授業では、そういう難しさをかなり感じました。
もちろん、タブレットを忘れた。
充電していなかった。
それは本人の準備不足でもあります。
「自分で忘れたんだから、静かにしなさい」
と言いたくなる場面もあります。
でも、それだけでは授業は進みません。
子どもは暇になると、やはり動きます。
そこまで含めて、授業を組まないといけない。
そこが難しいところです。
最近、少し考えています。
全部をタブレットで進めるのではなく、もう少しノートを書く時間を増やした方がいいのではないか。
タブレットを使う時間。
ノートを書く時間。
話を聞く時間。
考える時間。
その切り替えを、もっとはっきりさせた方がいいのではないか。
タブレットは便利です。
でも、便利だからこそ、使い方を間違えると授業が散らかります。
子どもたちの意識も散らかる。
先生の指示もぼやける。
結果として、何をすればいいのかわからない子が出てくる。
今日の自分の授業は、まさにそこが弱かったのかもしれません。
38人の子どもたちを、一人で見る。
これは本当に難しいです。
全員の画面を見ることはできません。
全員の手元を見ることもできません。
支援を要する子の様子も見たい。
早く終わった子も見たい。
困っている子も見たい。
ふざけている子にも気づきたい。
でも、全部は見きれない。
その難しさを、今日は強く感じました。
タブレットを使えば、授業がうまくいく。
そんな単純な話ではない。
ノートに戻せば、すべて解決する。
それも違う。
大事なのは、たぶんバランスです。
どこで見せるのか。
どこで書かせるのか。
どこで話させるのか。
どこで手を止めさせるのか。
タブレットを使うことが目的ではなく、子どもたちが考えることが目的。
その当たり前のことを、今日の授業で改めて感じました。
今日は、正直うまくいかなかった。
でも、うまくいかなかった授業ほど、あとから考えることが多いです。
月曜日だから。
子どもが落ち着かなかったから。
それで終わらせずに、
「自分の授業のどこを変えられるか」
を考えていきたい。
タブレットも使う。
ノートも使う。
子どもの実態も見る。
そのバランスを探しながら、また明日の授業に立とうと思います。
タブレットを否定したいわけじゃない。
でも、タブレットに授業を任せすぎてもいけない。



